コラム
世田谷で借地権付き建物が多い理由 「たまたま多い」のではなく、歴史と構造がそうさせている
- 2026.01.28
- カテゴリ:
不動産相続コラム
世田谷で不動産の相談をしていると、こんな言葉をよく耳にします。
「なんで世田谷って、こんなに借地権が多いんですか?」
実際、世田谷区では、
・借地権付き建物
・底地
・所有権と借地権が混在する街区
が、他のエリアに比べて明らかに多く見られます。
これは決して「昔の人がよく分からずに借地にした」という単純な話ではありません。
世田谷という地域の成り立ちそのものが、借地権付き建物を多く生み出してきたという背景があります。
この記事では、なぜ世田谷で借地権付き建物が多いのか、その理由を構造的に整理します。
世田谷はもともと「大地主の街」だった
世田谷で借地権が多い最大の理由は、大地主が多かった地域 であることです。
世田谷は戦前から、
・農地
・山林
・広大な私有地
を持つ地主が多く存在していました。
こうした地主は、
・土地は手放したくない
・でも活用はしたい
という考えから、
⇒ 土地は貸し、建物は建てさせる
⇒ 借地権という形で街が形成される
という流れを選びました。
結果として、世田谷では早い段階から、借地権付き建物が面的に広がっていったのです。
戦後の住宅不足と借地制度が強く結びついた
戦後の日本では、深刻な住宅不足が起きました。
世田谷も例外ではなく、
・都心に近い
・空き地が多い
・住環境が良い
という条件から、住宅地として急速に開発されていきます。
このとき活躍したのが、旧法借地権 です。
旧法借地権は、
・借地人の権利が非常に強い
・地主が簡単に返還を求められない
という特徴があり、「家を建てる側」にとっては非常に安心できる制度でした。
結果として、
⇒ 世田谷に戸建を建てたい人 × 土地を貸したい地主
⇒ 借地権付き住宅が一気に増える
という構図が出来上がりました。
「売らない世田谷」という土地観
世田谷で借地権が多い背景には、独特の土地観 もあります。
世田谷の地主層には、
・土地は代々守るもの
・売るのは最終手段
・子や孫に残す資産
という意識が強くありました。
そのため、
「土地を分譲して所有権を売るよりも、土地を貸して地代を得る」
という選択が好まれたのです。
この考え方は、今も世田谷の一部地域では色濃く残っています。
都市化が進んでも「借地が解消されなかった理由」
「昔は分かるけど、なんで今も借地権が残っているの?」
こう思う方も多いと思います。
理由はシンプルで、
⇒ 一度成立した借地権は、簡単には解消できない
からです。
特に世田谷に多い旧法借地権は、
・借地人の更新権が強い
・地主側からの終了が極めて難しい
という特徴があります。
その結果、
・街は再開発され
・地価は上がり
・周囲は所有権の家が増えても借地権付き建物だけが残り続ける
という状況が生まれました。
相続をきっかけに「借地権問題」が表面化する
世田谷で借地権付き建物が多いことで、特に問題になりやすいのが 相続の場面 です。
・親の代では問題なかった
・地主との関係も安定していた
・それが相続をきっかけに、
・契約内容が分からない
・名義変更が必要と言われる
・売却や建て替えで制限が出る
と、一気に現実的な問題として表に出てきます。
つまり世田谷では、
⇒ 借地権は「昔の話」ではなく、相続で必ず向き合うテーマ
になっているのです。
世田谷で借地権付き建物が多いのは「必然」
世田谷で借地権付き建物が多い理由を整理すると、
・ 大地主が多かった地域性
・ 戦後の住宅不足と借地制度
・ 土地を売らない文化
・ 借地権の強い法制度
・ 解消されにくい構造
という要因が重なっています。
つまり、
「世田谷に借地権が多いのは偶然でも、失敗でもなく歴史と制度が作った“街の構造”」
です。
重要なのは、借地権が多いこと自体を問題にするのではなく、正しく理解して扱うこと です。
もし今、
・世田谷の実家が借地かもしれない
・相続で借地権を引き継ぐ予定
・将来どうなるのか不安
という状況なら、それは 早めに整理すべき典型的なテーマ です。